さまざまな影響による気候変動が人類を脅かしています。
「数十年に一度の規模」と言われていたはずの記録的豪雨、巨大台風が「毎年のように」世界各地を襲い、その一因とされているのが地球温暖化です。
二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量が、今後も現在のペースで増え続けてしまうと、世界の平均気温は産業革命前と比較して最大で3.9度上昇すると推計されています。
「脱炭素」「カーボンニュートラル」といった用語が連日のようにメディアに取り上げられ、我々の関心の高さが強くなっていると実感できます。
企業経営においても、今後の気候変動リスクの影響を受けることが避けられなくなり、早急な対策や経営方針の転換が迫られています。
本記事では、CO2削減などカーボンニュートラルを通した世界の取り組みの流れと、グリーンエコノミーや日本におけるグリーン成長戦略について解説します。
そして、グリーン成長戦略達成に向けての課題や、DXを活用して達成に向けての事例も紹介していきます。
カーボンニュートラルの流れ
まずはカーボンニュートラルについての説明と、これまでの世界と日本における取り組みや現状について解説します。
2020年10月、国会での当時の菅内閣総理大臣が所信表明演説で、「我が国では、2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにする。すなわち2050年カーボンニュートラル脱炭素社会の実現を目指す。」と発言しました。
これにより日本で「カーボンニュートラル」という言葉が浸透したことになります。
温室効果ガスを全体としてゼロにするという趣旨であり、日本政府の目指すカーボンニュートラルは、CO2に限らず、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)、フッ化ガスを含んだ温室効果ガス全体が対象です。カーボンニュートラルは、温室効果ガスの排出と吸収を調整して、排出量と吸収量をほぼ等しくし、待機中の炭素濃度を一定に抑えようとすることです。
排出をゼロに抑えることは現実的に困難であるため、排出せざるを得ない部分は同じ量を吸収、除去することで正味ゼロ(ネットゼロ)を目指してニュートラル(中立)を実現させることを主旨とします。しかし、達成への道のりは非常に厳しく、産業や社会構造などあらゆる面で大転換が求められます。
一方、世界でのこれまでの動きを見ていきましょう。
国連気候変動枠組条約が1994年に発効してから、気候変動対策は国際社会において共有の課題となりました。
2015年にパリで開催されたCOP(締約国会議、COP: Conference of Parties)21で採択されたパリ協定の前後から大きく潮目が変化しました。
国際的組織「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、2021年8月の報告書で、「人間活動が地球温暖化をさせてきたことには疑う余地がない」と言い切り、今後数十年で温室効果ガスの排出を大幅に減少できなければ、21世紀中に地球の平均気温の上昇は2度を上回ると予測を示しました。
その後の2021年10月に開催されたCOP26では、気温上昇を1.5度に抑えるよう努力することで合意しました。気温上昇を1.5度に抑えるためには、石油・石炭といった化石燃料の利用は大幅に削減する必要があり、徹底した省エネルギーと太陽光、風力などの再生可能エネルギーの利用拡大は不可欠となります。
動きを先導しているのはEU(欧州連合)です。
新型コロナウイルスによる世界経済の深刻な不況からの経済復興には、脱炭素化を実現可能とする再生可能エネルギーや水素への投資を中心にしていこうとするグリーンリカバリーの機運が高まっています。
EUに続いて、政権交代で再びパリ協定に復帰したアメリカでも急速に投資が進められています。
日本でも遅れを取り戻そうと先述した総理大臣の演説内にも登場したようにカーボンニュートラルを推し進めていこうという動きが広まります。
世界最大の人口を抱えCO2の排出も最大の中国は2060年に、急激な人口増加に伴いエネルギー需要も急増しているインドは2070年にカーボンニュートラルを実現する目標を打ち出しました。
グリーンエコノミーとグリーン成長戦略について
2020年10月に日本政府は、温室効果ガスの排出を実質ゼロとする「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。
温暖化への対応はこれまで経済成長の制約やコストとして捉えられていましたが、そのような時代は終わりを告げるでしょう。国際的にもこれからは成長の機会と捉え、持続可能な世界にしようという機運が高まりました。
純ガソリン車を2035年までに販売禁止にすること、海外で水素プロジェクトを立ち上げることなどさまざまなニュースが登場しています。
2020年12月には、経済と環境の好循環を形作るための「グリーンエネルギー」に向けた産業政策を「グリーン成長戦略」として打ち出しました。2021年6月に改訂し、2050年の温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指して、14分野の技術革新の工程を示しています。
2021年10月のエネルギー基本計画では、2030年度の温室効果ガスを2013年度と比べて46%削減するための電源構成の目標を定めました。
日本では石炭火力の発電への依存が高く、再生エネルギーに消極的であると世界から批判を浴びていたためです。
グリーン成長戦略は、経済産業省が関係省庁と連携して策定したもので、従来の発想を転換し、積極的な対策によって産業構造や社会経済の変革をもたらし、大きな成長につながることを目指す「経済と環境の好循環」を作る産業政策です。
大胆な投資によってイノベーションを引き起こす民間企業の前向きな挑戦を全力で応援することが政府の役割であると位置付けました。
グリーン成長戦略は、成長が期待される14分野(下表)があります。
大項目 | 項目 |
---|---|
エネルギー関連 | 洋上風力 |
燃料アンモニア | |
水素 | |
原子力 | |
家庭・オフィス関連 | 住宅・建築物、次世代型太陽光 |
資源循環 | |
ライフスタイル | |
輸送・製造関連 | 自動車・蓄電池 |
半導体・情報通信 | |
船舶 | |
物流・人流・土木インフラ | |
食料・農林水産業 | |
航空機 | |
カーボンリサイクル |
参考:https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012-2.pdf
グリーン成長戦略は高い目標設定で、予算、税・カーボンプライシング、金融、規制改革・標準化、国際連携などのあらゆる政策を総動員した分野横断的な政策ツールとして示され、重要分野においての実行計画が2050年までの工程表とともに示されました。
「カーボンニュートラル宣言」に引き続いての検討取りまとめを踏まえ2021年5月には「地球温暖化対策の推進に関する法律(通称:温対法)」の改正案が国会で可決成立しました。
改正案ではパリ協定で定めた目標を踏まえて、
- 2050年までに脱炭素社会を実現
- 環境・社会・経済の統合的な向上
- 国民をはじめ関係者の密接な連携
を、地球温暖化対策を推進する上で基本理念として規定する他に、
- 地域の再生エネルギーを活用した脱炭素化を促進する事業を推進するための計画や認定制度の創設
- 脱炭素経営の促進に向けた企業の排出量情報のデジタル化やオープンデータ化を推進
が新たに含まれています。
カーボンニュートラルへの期待の高まりは、石油や天然ガスに依存している地域が地政学上の不安や政治的な問題によって、それらを入手できなくなったり価格が急騰したりすることによって影響が大きいことからも一層強くなってきています。
グリーン成長戦略全分野の概略説明
グリーン成長戦略の14分野すべての概略と目標を簡単な表にまとめました。
この中でも特に日本にとって優位とされる重要な3分野は後ほどさらに詳しく解説します。
項目 | 概略 | 目標 |
---|---|---|
洋上風力 | 大量導入やコスト低減が可能で、経済波及効果も期待されることから、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた切り札 | 2030年までに1,000万kw、2040年までには3,000〜4,500万kwの投資を国内外から呼び込む |
燃料アンモニア | 燃焼しても二酸化炭素を排出しないアンモニアは、石炭火力での混焼など水素社会への移行期で有効な燃料となる | 東南アジアの5,000億円市場 |
水素 | 発電、運輸、産業など幅広い分野で活用が期待されるキーテクノロジー | 2050年までに2,000万トンの導入 |
原子力 | 2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、あらゆる選択肢を追求することが重要で、軽水炉のさらなる安全性向上、貢献も見据えた革新的技術の原子力イノベーションを進めていく必要性。安全性の向上に加えて、再生可能エネルギーとの共存、カーボンフリーな水素製造や熱利用など多様な社会的要請に応えられる | 2030年に、高温ガス炉のカーボンフリー水素の製造技術を確立 |
住宅・建築物、次世代型太陽光 | 家庭・業務部門のカーボンニュートラルでキーとなる分野で、一度建築されると長期ストックとなるため早急に取り組むべき分野。建築から解体までのライフサイクル全体を通じた二酸化炭素排出量をマイナスにするLCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス化)住宅・建築物の普及に加えて、ZEH・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー化)の普及を進めていく | 2030年までに新築住宅や建築物の平均でZEH、ZEB |
資源循環 | リデュース、リサイクル、リユース、リニューアブルは法律や計画整備により技術開発や社会実装を後押ししている。廃棄物発電・熱利用、バイオガス利用はすでに商用利用の段階に入っており普及や高度化が進んでいる | 2030年までにバイオマスプラスチックを200万トン導入 |
ライフスタイル | 住まい・移動のトータルマネジメント、ナッジやシェアリングを通じた行動変容、デジタル技術を活用した二酸化炭素削減のクレジット化を促す技術開発・実証、導入支援、制度構築に取り組んでいく | 2050年までにカーボンニュートラルかつレジリエントで快適な暮らし |
自動車・蓄電池 | 自動車は電動化を推進し、日本はこの分野でリーダーを目指さなければならない。蓄電池は、自動車の電動化や再生可能エネルギーの普及に必要なカーボンフリーの要で、産業競争力強化を図る | 2035年までに乗用車の新車販売で、電動車100% |
半導体・情報通信 | あらゆる分野でデジタル化が進んだ社会によってカーボンニュートラルは実現される。デジタル化の基盤である半導体・情報通信産業はグリーンとデジタルを同時に進める上での鍵となる | 2040年までにカーボンニュートラル化 |
船舶 | ゼロエミッション達成に必須なLNG、水素、アンモニアなどのガス燃料船の開発の技術力の獲得とともに、国際競争力の教科と海上輸送のカーボンニュートラルを目指す | 2028年よりも前倒しでゼロエミッション船の商業運航の実現 |
物流・人流・土木インフラ | 環境に配慮した交通ネットワークの構築や導入、建設、維持管理、利活用において技術開発や社会実装を通じてカーボンニュートラルを目指す | 2050年までにカーボンニュートラルポートによる港湾や、建設施工などにおけるカーボンニュートラル化を実現 |
食料・農林水産業 | 我が国の農林水産業は木の文化の浸透で、森林や木材などが巨大な二酸化炭素吸収源として期待され、スマート技術による温室効果ガス排出削減によってカーボンニュートラルの実現に向けて潜在的な強みを持つ | 2050年までに農林水産業での化石燃料起源の二酸化炭素ゼロエミッション化を実現 |
航空機 | 国際航空に関して二酸化炭素排出量を増加させないと採択し、運搬方式の改善、機体やエンジンの効率改良、代替燃料、市場メカニズムの活用を組み合わせる必要がある | 2030年以降、電池などコア技術を段階的に技術搭載 |
カーボンリサイクル | 二酸化炭素を資源として有効活用する技術で、カーボンニュートラル社会の実現のためのキーテクノロジーで日本に競争力がある。コンクリート、燃料、人工光合成によるプラスチック原料など、多岐にわたる製品があり、コスト低減や用途開発 | 2050年までに人工光合成プラスチックを既製品並みに。ゼロカーボンスチールの実現 |
グリーン成長戦略の注目3分野
グリーン成長戦略の全14の分野の概略や目標を説明しました。この14分野の中でも、特に日本が得意とするもので、これから重要視されるであろう分野を3つ選んで解説します。
洋上風力発電
1つ目は洋上風力発電です。
洋上風力発電は、再生可能エネルギーの一つである風力発電の設備を、陸上ではなく海洋上などに設置するものです。
現在は、再生可能エネルギーの中でも世界的に普及していて主力となっているものは、太陽光発電と風力発電です。日本では太陽光発電がこれまで大きく普及が進んでいましたが、山がちで森林の多い国土という制約上、設置には限界があります。
また、風力発電に関しては、風が強く吹く陸上地域が日本では限定的で、エネルギーの需要が大きい地域からは離れている課題がありました。そこで、周りを海に囲まれている島国である日本は、将来の再生可能エネルギーの拡大において洋上風力発電への期待が高まっているのです。
2030年度導入目標を発電電力量の5%と設定されました。これは従来のエネルギー基本計画においては1.7%と低い水準であったものを、カーボンニュートラル宣言後の洋上風力の大規模導入にあたって改定値が1.7から5%へと高く設定されました。
洋上風力はまだ2021年の段階では商用化されていません。政府は2030年までには10ギガワット(原発10基分相当)年、2040年までには30〜45ギガワットを導入する目標を設定しました。今後いかに拡大し目標を達成できるか注目されます。
水素、燃料アンモニア
2つ目は、カーボンニュートラルの燃料代替手段として注目される水素とアンモニアです。
水素やアンモニアは、再生可能エネルギーにおいて、天候に左右されやすい太陽光や風力を補う調整としての役割を果たす期待があります。2050年の発電量に占める割合を、水素・アンモニアは10%とする目標を掲げました。
アンモニアは燃焼しても二酸化炭素を排出しないため、温暖化ガスの排出削減に寄与するとされています。石炭火力発電と燃え方が近いので、使いやすく、水素と違って極低温でなくても液化可能なので、輸送や貯蔵が比較的容易であることが注目ポイントです。
グリーン成長戦略では、2050年に1億トン規模での日本主導の国際サプライチェーンが掲げられました。日本の産業界の技術的な強みを持つ水素やアンモニアの活用は、発電での大規模活用を打ち出し、燃やしても二酸化炭素を出さないアンモニアを使った火力発電の実用化を目指します。
後述する水素の製法に色の名前をつけて呼ぶのと同様に、アンモニアも再生可能エネルギー由来の「グリーンアンモニア」や、製造過程で発生する二酸化炭素を地中に埋めて製造する「ブルーアンモニア」があります。
水素は二次エネルギーとして、さまざまな一次エネルギー資源から製造でき、液化や圧縮などの状態変化や化学変化によって、輸送や貯蔵がしやすくなります。また電力と比較しても大容量で長期間の貯蔵が可能です。
電気自動車、蓄電池
3つ目にあげる注目分野は自動車と蓄電池です。自動車は日本の基幹産業であり、ガソリン車やハイブリッド車は世界的に見ても一二を争っています。
世界的な脱炭素の流れを受け、ガソリン車からいかに電気自動車にシフトを加速させるか、また新たな動力源を採用した車を生産できるようになるかは、日本の産業構造全体とも関わってきます。
蓄電池は再生エネルギー電力を安定して貯蔵するために欠かせません。またハイブリッド自動車、電気自動車にも欠かせないものです。
欧米や中国を追う形で、日本政府でも2035年までに純ガソリン車の新車販売の禁止を打ち出しました。
現在の蓄電池の素材はリチウムが主流ですが、リチウムの資源価格の高騰を受けて、さまざまな素材の電池の開発が進んでいます。
グリーン成長戦略の課題
二酸化炭素削減に向けたカーボンニュートラル政策は全世界で急ピッチに進められていますが、さまざまな問題にもぶつかっています。
カーボンニュートラルの実現には技術革新や電源の転換は欠かせません。移行期にはコストが増大し、国民が何らかの形で負担を迫られます。日本でのこれまでのカーボンニュートラルの政策は、とかくエネルギーの供給側に向けてのものばかりであり、産業界や消費者の視点が乏しい点が課題でした。今後は現実を直視した議論も必要です。
政治的、地政学的リスク
資源を持つ国との政治的な争い、地政学的なリスクの増大が急激に高まっています。
特に2022年初めに発生したロシアによるウクライナ侵攻で、原油や天然ガスの価格が急騰しました。化石燃料への投資が縮小していた矢先の出来事で、新たな資源開発に再び動き始めているなど、カーボンニュートラルにブレーキがかかってしまっています。
化石燃料への依存度を下げることが求められていますが、現状では化石燃料にまだまだ頼らなければならない構造が続いているため、エネルギーの確保に混乱状況が生じてしまいます。
エネルギー危機が深刻になると、生活やビジネスへの影響は計り知れません。エネルギーの多様化にも目を向ける必要があります。
再生エネルギーやその他代替燃料の供給網、貯蔵技術、コストを抑えた生産などにDXが欠かせない存在となります。
再生可能エネルギーによる「電力余剰」
現段階では、再生可能エネルギーで電力を作れれば作るほど良いという訳ではありません。
電力の供給量が需要を上回った場合、再生可能エネルギーである太陽光や風力などの発電を止める出力制御が生じます。
これは地域内での電力需給が一致しないと停電する危険性があるためです。
出力制御は2018年10月に九州電力が初めて踏みきり、2022年4月以降は東北、四国、中国、北海道の各電力で出力制御を行いました。再生可能エネルギーの導入の普及が進むと、このままでは出力制御が広がる恐れがあります。電力会社の試算によると2030年頃には北海道と東北で再生可能エネルギーによる発電の4割超が無駄になってしまう恐れがあるということです。
出力制御が発生すると能力を十分に生かせず、実際の発電量は減ってしまい、二酸化炭素削減目標の達成が難しく、発電事業者の収益悪化を招いてしまいます。
特に現段階では再生エネルギーの多くを太陽光発電が占めており、電力需要の少ない春や秋の晴れた日は供給過多となります。
対策としては、
- 地域を超えた広域の送電網の増強、特に北海道や九州の電気を東京や大阪に送電
- 蓄電池を電力系統に組み込み、発電量が多い時間帯に充電する
- 火力発電所の出力を抑制
などが考えられています。
製造コストの課題
・水素の製造方法による呼称と製造コスト
水素の製造方法はいくつかあり、それぞれの製法によって作られた水素に色の名前をつけて区別することがあります。
製造方法によって、排出される化石燃料の量や製造コストが変わってきます。
以下に呼称、製造方法、1kg当たりの製造コストを表にまとめました。
呼称 | 製造方法 | 1kg当たり製造コスト |
グレー水素 | 天然ガスなど化石燃料から製造 | 1ドル |
ブルー水素 | グレー水素の製造過程で排出された二酸化炭素を回収 | 2ドル以下 |
グリーン水素 | 再生可能エネルギーで製造 | 5ドル |
イエロー水素(ピンク水素) | 原子力発電で製造 | 2.5ドル |
脱炭素を進めていく上で、水素の製造に化石燃料を用いない方が望ましいと言えます。また、水素の製造過程で排出された二酸化炭素を何らかの形で回収できれば、実質的な排出はないこととなります。
グリーン、ブルー、グレーの順で製造における炭素排出量が少なくなります。
一方で、1kgあたりの水素を製造するコストは先ほどの順番と全く反対となります。
グレー、ブルー、グリーンの順で製造コストは安くなります。
よって今後はいかに炭素を排出しない製造方法で低コストの水素が製造できるかが課題です。
経済産業省の試算によると、再生可能エネルギーで水を電気分解し、水素を使って、国内で合成燃料を生産すると現状では1リットルあたり約700円です。2022年5月現在でガソリンが1リットルあたり160円前後であるので大幅に高くついてしまいます。
この700円の中でも水素が634円分、二酸化炭素が32円、製造コストが33円と水素のコストが嵩みます。日本では再生エネルギーの普及が遅れているためです。
グリーン成長戦略の中身や、カーボンニュートラルの現状について解説しました。
地球温暖化対策や二酸化炭素削減のためにDXを活用している事例を紹介します。
DX事例
多くの日本企業でカーボンニュートラルやグリーン成長戦略の変革の波に乗るため、事業構造を見直し、構造転換にかじを切っています。
具体事例を見ていきましょう。
素材合成
石油精製・販売大手のENEOSホールディングスは、二酸化炭素の排出を実質ゼロにするために合成燃料の開発を急務としており、DXを活用した取り組みで石油依存の事業構造からの変革を目指しています。
燃焼しても二酸化炭素が実質的に増えないバイオ燃料や新たな合成燃料を必要とするために、仮想空間で最適な素材を組み合わせ、シミュレーションを高速に繰り返すことが可能な独自技術を活用しています。
石油の主成分は炭素と水素の化合物なので、水素と二酸化炭素を合成すれば石油とほぼ同じ成分の燃料ができます。排出される二酸化炭素を回収して材料として使えば、燃焼させても二酸化炭素の排出を実質ゼロとすることができます。
水素と二酸化炭素の合成を促す触媒の性能が重要なカギとなります。触媒を作る材料の組み合わせは無限であり、高性能なものを発見することは容易ではありません。
そこで素材開発にAIを活用して、大量のデータから新素材を探索する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」と呼ばれる手法の導入が進められています。これまでの研究者の経験や勘に頼っていた手法と比べて、時間やコストを大幅に削減可能です。
ENEOSでは、理論上の原子配列データをAIが学習し、素材の物性をシミュレーションする手法を考案しました。膨大な数の原子の組み合わせを仮想空間上で試しながら最適解を探します。強力な計算能力が可能な高度なソフトウェアが必要であるため、AI開発を手掛けるプリファード・ネットワークスと組んで、AIとスーパーコンピューターで実現しました。
素材合成の他の具体例
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、カーボンニュートラルを推進する上での切り札のDXとしてさまざまなところから注目を集め、研究や活用が進められています。
2017年に物質・材料研究機構と化学大手の旭化成、住友化学、三菱ケミカル、三井化学と共にデータ共有のプラットフォームを立ち上げました。
日本の素材産業は技術力が世界的にも非常に高くありますが、海外勢からの猛追を受けて、今後の国際競争力の維持ができるかが課題です。
住友化学は、化学合成をバイオ生産に置き換えることで二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいます。アメリカのバイオ企業と組んで、AIによるゲノム編集で遺伝子の働き方を操作し、微生物を培養することで樹脂原料を生産し続ける技術を確立しました。これにより高機能のモバイル端末用フィルムの「ヒアリン」を開発しました。
三菱ケミカルは、植物由来の原料のプラスチック「DURABIO(デュラビオ)」を生産しています。従来のプラスチックと比較すると製造時の二酸化炭素排出量を約30%削減可能です。
アンモニアの触媒探索
アンモニアはカーボンニュートラルの代替燃料として注目されていることを先に述べました。富士通は海外のスタートアップ企業と提携し、スーパーコンピューターやAIを使ってアンモニアの触媒探しの共同研究を行うと発表しました。
富士通が組むのは、アイスランドにある「アトモニア」で、水・窒素・電気からアンモニアを効率よく合成する手法の研究を手掛けています。アトモニアが持つ知見と、富士通が持つスーパーコンピュータやAIの技術を組み合わせることで、アンモニア合成の新たな触媒を開発できることを目指しています。
アンモニアは現在の製造手法だと原料となる水素の製造に二酸化炭素が排出されます。今後共同研究で、アンモニア生成の課題解決を目指します。
グリーン水素の供給構築網をAIで
再生可能エネルギー由来の水素などのエネルギーのサプライチェーン構築をAIによって効率化する実証実験を開始しました。建設大手の大林組は福島県浪江町に設置した4箇所の水素燃料電池で、各地での水素利用量や配送するトラックの運行などを一元的に管理し、効率よく搬送できるよう独自システムを導入しました。
実証実験は環境省からの委託事業で、浪江町で太陽光発電によって作られた「グリーン水素」を水素ボンベを納めた装置をトラックに積み、町内で各施設に搬送します。また、この水素を活用した水素燃料電池を搭載した移動販売車が町内を巡回し、原発事故で被災した地域の買い物環境の回復に貢献するとしています。
システムは各施設での水素の利用状況をもとに発注から配送まで一元管理して、AIによって1週間先までの需要予測をして搬送計画を作成します。トラックの位置情報を把握して、最適な配送ルートやタイミングを割り出し効率化します。
実証事業を通じながら、システムの精度を高めていき、搬送コストを低減させ水素の利用拡大につなげていきたいということです。
AIやIoT技術を用いた点検、故障の予兆診断、劣化の補修
電機大手の日立製作所は、水力発電の補修点検のDX支援のシステムを事業化するとしています。IoTの技術で、設備の遠隔監視、故障予兆を診断します。
水力発電施設ではこれまで、現地にあるアナログ表示の計測機器を読み取って、不具合がないか判断するために、
作業員が現地で作業する必要がありました。
水力発電所は山間部など交通の便が悪い場所にあることが多いため、保守点検の回数を減らすことが課題です。
- アナログ計器の値をカメラで撮影しデジタルデータに置き換える
- 設備の稼働音をマイクで集音
- 360度カメラを搭載した自律走行型ロボットの巡回で、景気や制御盤の表示を撮影
といった点を進めていきます。
山間部は通信環境が整っていないため、収集したデータをそのまま送信するのは容量が大きすぎる場合もあります。そこでAIを搭載したIoT機器である「エッジAI」を現地に設置して、現場で集めたデータを処理した上で送信するようにしてデータ容量を削減したり、現場に即した分析モデルを作れたりというメリットがあります。
関西電力でも、水力発電の点検に伴う停止期間を短縮するために、AIによる分析ツールを導入しています。水力発電の稼働時間を増やすことで、カーボンニュートラルを進めています。
まとめ
本記事では、気候変動の一因とされる温室効果ガスの削減に向けたグリーン成長戦略、地球温暖化の一因とされる二酸化炭素の削減に向けてのカーボンニュートラルの取り組み、世界規模で進んでいる「脱炭素:カーボンニュートラル」、日本政府が進めるグリーン成長戦略とDXによる課題解決の具体的事例を紹介しました。
気候変動やエネルギー不安の深刻な問題が全世界を覆い、一刻も早い解決が望まれます。次世代への持続可能な社会を保つためにも、グリーン成長戦略をはじめとしたカーボンニュートラルの推進は欠かせません。