健康・医療・ヘルスケアの領域にデジタル技術を組み合わせた製品やサービスが多く登場してきており、DXが進んでいます。
私たちの健康への関心がより高まる中で、DXとの融合に多くの企業が新規参入したり事業拡大したりしているからです。
年々、少子高齢化に伴って、医療費が大幅に増加し続ける課題に直面しています。
また企業においても自社の社員が不調になってしまうと、大きな損失になりかねないため健康面で大きな関心を寄せています。
本記事では、このように社会全体で関心が高くなっている現状を見ていきながら、医療や健康分野でのDXについて市場動向や事例を交えながら解説します。
健康とテクノロジーを組み合わせた領域の主な分類
健康とテクノロジーの結びつきは近年になって始まりましたが、相性の良さからさまざまな分野で活用を見せ始めています。
ヘルスケアに関するさまざまな課題を、デジタル化やテクノロジーの活用によって解決しようとするのが医療テック・ヘルスケアテックなどと呼ばれている分野です。
近年は、大手やベンチャーを問わずに、さまざまな多くの企業が参入して事業展開を見せています。
ヘルステック・医療テック市場の動向
ITと医療との間の相性の良さが着目されており、医療分野でのベンチャー熱は高まっています。また、巨大IT企業も進出を見せ始めています。
我々が抱える課題として、少子高齢化による働き手の不足や要介護者の増加があります。医療業界においても医療従事者の人材不足や高齢化は深刻な問題となっています。
健康・ヘルスケアの領域が多岐に渡るようになり、従来の治療や介護に加えて、健康維持・疾病予防・健康管理(運動や食事、疲労回復)、美容など人々の関心が高まる領域が広がっていきました。
医療分野、ヘルステックの分野に特に関心を高めているのは巨大IT企業のGAFAMです。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトの5社は世界の市場で大きな存在感を示しています。
これまであまりヘルスケア分野関連のサービスを提供してこなかった企業でも魅力的な市場であると捉えられ、積極的な参入が相次いでいます。
医療分野へのテクノロジーに注目が集まるようになったのはコロナ禍も関係しています。オンライン診療を中心として、医療のデジタル化が一気に進み出しました。
と言うのも、医療産業は規模が巨大にも関わらずこれまでにデジタル化が進んでいない産業分野であったからです。
ヘルステック・医療テック分野の現状の課題
続いて、医療・ヘルステック分野での現状の課題を見ていきましょう。
医療のデジタル化には解決されていない課題やデメリットがあります。
医療分野のIT化によって最も懸念される点はデータのセキュリティです。個人情報であるため、扱いには特に慎重にならなくてはなりません。
医療・ヘルスケア分野へのデジタル技術の活用には、サイバー攻撃をはじめとした多くのセキュリティリスクが常に存在しています。
そのため、動向を踏まえながらの適切なセキュリティリスクの管理が必要不可欠となるでしょう。
医療機関などでの診察の現場では、セキュリティリスクが患者の身体の安全に直接影響しかねない可能性がある点に特に注意しなくてはなりません。
例えば、院内のサーバーがランサムウェアに感染している事例が頻発しています。システム障害によって診察が限られてしまったり、救急搬送の受け入れができなかったりなどの事態が生じました。
一方で、プライバシーや個人情報についての問題もあります。
個人が自身で医療情報やバイタルデータを記録し、これらを企業がもとにしてサービス提供をすることが増えています。
もし利用者の個人情報が漏えいしたら、プライバシー侵害となる可能性もあります。
さらに、取得するためのウェアラブル端末が正常に作動しなかったり、悪意を持った攻撃でデータが改ざんされたりといったことで誤ったデータとなってしまい、不適切なアドバイスやレコメンドを与えてしまう恐れがあります。
ヘルステック・医療テック分野のDX事例
それでは、医療・ヘルスケア分野でのDX事例をいくつかのキーワードに沿って紹介します。
特に進展することが見込まれるキーワードとして以下の5つを挙げました。
- オンライン診療
- メンタルヘルス
- フェムテック
- バイタルセンシング
- 治療用アプリ
それぞれのキーワードのDX事例や、2つ以上のキーワードを組み合わせた事例をいくつか紹介します。
オンライン診療
ヘルステックのキーワードとして「オンライン診療」が挙げられます。
「オンライン診療」、「遠隔診療」とは、スマートフォン・タブレット・パソコンなどの画面上でビデオ通話やチャットを通じて、予約・問診・診察・処方・決済までをインターネット上で行う診察や治療の手法のことです。
オンライン診療は新型コロナウイルスの広がりを受けて、新規参入が相次いでいます。特例措置として、2020年4月に初診でのオンライン診療が解禁されたことも追い風となりました。
オンライン診療のメリットには、以下の点が挙げられます。
- 通院にかかる時間負担の軽減
- 24時間いつでも予約ができる
- 好きな時間や場所で診察が受けられる
- 会計の待ち時間や手間がなくなる
- 院内感染の心配がなくなる
- 医師以外の他の患者などと顔を合わせずに済む
また、オンラインで日々の体調不安や気になることについて医師に気軽に聞けるオンライン健康相談サービスの利用も増加しています。
通院による受診を迷う人にも利用しやすいとして、行政との連携を進める動きもあります。
スマートフォンのアプリで手軽にオンライン診療を受けることができるのが、株式会社MICINが提供している「curon」です。
患者は手持ちのスマートフォンやパソコンから利用可能で、予約から問診、診察、決済などをオンラインで完結できます。
医師も手持ちの端末で開始でき、初期導入費用や月額費用はかかりません。
メンタルヘルス
「メンタルヘルス」もヘルステックや健康DXによって、特に注目が集まる分野です。
企業側が自社の従業員のメンタル面における不調を早期に発見できれば、企業としての損失も防げるかも知れません。
メンタル面の管理は個人に限らず社会全体での鍵となっていくでしょう。
厚生労働省の調査によると、仕事のストレスが原因である精神疾患の労災件数は、2021年度は2,346件であり、5年前の2016年度の1,586件と比較して、48%の増加となりました。
それに伴いストレスチェックやメンタルヘルス対策の国内市場も年々増加していく傾向にあります。
さらに新型コロナウイルス禍によってメンタルヘルスの問題を抱える人が増加しています。
厚生労働省の調査では、2021年11月実施の調査で直近1年間でコロナ禍で心の健康が「悪化した」と回答した人数が全体の22%にのぼりました。
メンタルヘルスの不調は誰かに打ち明けづらく周囲の目が気になって一人で抱え込んでしまう場合も少なくありません。そのような悩みを抱える人たちのサポートとなるよう、心が不調に陥ってしまわないことも含め、メンタルヘルスケアのスマホアプリが次々と登場してきています。
メンタル面の不調は数値化しにくいため、発見しにくかったり周りへ伝えにくかったりといった課題があります。
スタートアップのHakaliが手掛ける「Awarefy」は、心理療法の一つである認知行動療法を取り入れたアプリです。利用者がストレスを感じすぎないようにバランスが取れるようサポートします。
認知行動療法は、認知と行動の両方に直接働きかけて、過度に悲観的とならないよう改善を図るものです。
例えば、仕事でミスをしてしまった場合、「私はもう社会人として失格だ」と考えるのが認知です。その結果、現実逃避のために次の日から職場を何日も欠勤してしまうのが行動にあたります。
Awarefyの機能には、日々の出来事の内容やその時の思考や感情を書き出す「感情メモ」があります。
また、スタートアップのUnlaceが開発したアプリでは、頭に浮かんだ気持ちを書き留める「ジャーナリング機能」や、利用者のTwitter上の書き込みをAIで解析し、自分の心情を振り返ることができます。
数値化による判断がしにくいメンタルの不調を、AIの技術を活用し、過去の心情を推測したり、自分の心や体と向き合うことを習慣としたりといったサービスが広がり、異常を早期に発見できるようになるでしょう。
フェムテック
「フェムテック」もヘルステックの重要キーワードです。
フェムテックとは、「女性=Female」と「テクノロジー」を組み合わせた造語で、女性特有の悩みをテクノロジーを活用して解決することを指します。
2012年ごろにドイツのスタートアップの代表が使い始め、広まった言葉とされています。
フェムテックは成長が著しい分野であり、世界の市場では2020年の6億4,800万ドルから2025年には11億5,000万ドルに達すると見込まれています。
フェムテックが注目されるようになった理由には二つあり、一つが女性の社会進出が進みライフスタイルが大きく変化したことです。
そして、もう一つの理由は、女性特有の課題へのタブー視をやめる風潮が増えたことです。
IoTやAIなどのデジタル技術を活用したフェムテックのサービスが登場しています。
利用者が女性特有の症状や事象を把握し、自分で管理できるようサポートします。
IoTデバイスで自宅でデータを取得し心身の状態を把握し、取得したデータを解析することにより、個人差がある女性特有の症状などを適切なタイミングで対処できるようになります。
女性の健康問題の解決に取り組むベンチャーであるFlora株式会社は、「スマートテキスタイル」を使って妊婦や産後女性のメンタルヘルスの不調を検出し、適切なタイミングで対応できることを目指しています。
スマートテキスタイルとは、東洋紡株式会社が手掛けている高性能な繊維で、女性の心拍や体温をモニタリングでき、メンタルの状態と合わせて解析可能です。
妊婦の遠隔健診サービスを手掛けるメロディ・インターナショナルは、島津製作所などと共同で、妊娠中や産後に発症するうつの兆候をあらかじめ検知する技術を共同開発しています。
メロディは香川大学発のスタートアップです。
センサーで胎児の状態を確認できる自社開発の胎児モニターを使って遠隔医療のサポートをしています。
島津製作所では生体信号の計測システムの「Hume」を開発しています。胸元につけた装置から心拍数や心臓の拍動などが測定できます。
拍動リズムなどの乱れと、医師の問診結果などをもとにしてうつのリスクを検出します。
バイタルセンシング、ウェアラブルデバイス
ウェアラブル端末からさまざまなバイタルデータが取得可能となり、センシング機器として活用されています。
バイタルデータとは自分自身の健康に関する生体データのことで、健康を維持し体調の変化を察知するための客観的な判断に重要な指標です。
バイタルデータの重要性が高まったのは、日頃からの健康維持のため、また肥満や高血糖、高血圧などの生活習慣病やそれに近い状態を改善したいという意識の高まりがあります。
以前のスマートウォッチを代表としたウェアラブル端末は、歩数や心拍数などの基礎的な活動量のみの計測でした。
ここ最近は、より疾病と深く関わるバイタルデータの取得も可能となってきています。
富士経済の調査によると、ウェアラブル機器の国内市場は2020年から2025年にかけて年平均成長率が10%を超えて、2025年には1兆円を上回ると予測されています。
Oura Ring
ウェアラブルデバイスによるバイタルデータの活用事例です。
指にはめるだけで心拍数や体温を計測できるスマートリングの「Oura Ring」はフィンランドのメーカーOuraが販売しています。
腕時計型のスマートウォッチは、大手IT企業がそれぞれ発売しており市場も活性化しています。
米グーグルでは、ヘルスケア事業の拡大に伴い、2021年にウェアラブル端末大手の米フィットビットを買収しました。
ウェアラブル端末で得たデータを健康管理に活用し、2022年4月には、心拍から
日常生活でも取り入れやすい指輪型であり、本体にセンサーが内蔵されていても軽量なので、装着感が通常の指輪と変わらない点が特徴です。
メンタルヘルス
メンタルの不調をウェアラブル端末を使い把握する取り組みも進んでいます。
ウェアラブル端末で症状をとらえて、オンライン診療などでも活用する手法に期待が集まります。
メンタルの不調を訴える患者に共通するのは睡眠リズムの乱れです。
スタートアップの株式会社テックドクターでは、患者から送られてきたデータを解析し表やグラフに整理します。
医師は患者のスマートフォンに表示された結果を見て診察をおこないます。
治療用アプリ
治療用アプリは医療機関で処方されるアプリです。
データによって生活習慣病の悪化や投薬を減らし、医療費の抑制が期待されています。
ニコチン依存症の治療用アプリが2020年12月に初めて保険適用となりました。
キュア・アップが開発したアプリで、高血圧の治療用アプリも2022年9月に販売を開始し、保険適用の対象となりました。
他にも糖尿病などの生活習慣病、精神・神経疾患を対象としたアプリも開発が進められています。サスメドは不眠症向けに、乳がんなど複数疾病を対象に開発されています。
医療機器としてのアプリが開発されるようになったのは2014年の薬機法の改正からです。この改正で、ハードウェアに組み込まれていなくても、ソフトウェアのみ単体で医療機器として認められるようになりました。
高血圧の治療用アプリでは、スマートフォンにダウンロードし、医師が患者にパスワードをわたすことでスマホ上で利用可能となります。
血圧などの日々のデータをアプリに入力し、その記録をもとに医師からの指導を受けます。
アプリに食事や運動、睡眠などのデータも入力して、アプリがそれらのデータを独自のアルゴリズムで分析し、生活習慣の改善につながる助言の表示機能も備えています。
日々血圧計から無線接続で得た血圧や塩分摂取などのデータを分析し、食事法や運動などを促し、医師の代わりに毎日助言をしてくれます。
このことで、行動を変えることができるでしょう。
ヘルステック・医療テック分野のこれから、未来予測
ヘルステックとして、医療現場でもDXが進んでいます。現場での生産性向上や働き方改革にもつなげるために、テクノロジーの積極的な導入の活用が進んでいくと考えられます。
特に感染症の拡大によって、必要な人に広く検査や治療を受けられることや、迅速にデータを収集し解析することの大切さが再認識されました。
少子高齢化がますます進む中で、医療や介護の需要は拡大して人手不足も深刻です。医療費や介護にかかる費用の増加が止まらず負担が大きくなってしまうばかりです。
テクノロジーを活用したヘルスケアは負担を減らすためにも、今後さらに拡大が見込まれるでしょう。