量子コンピュータの市場・経済と未来社会ビジョン(2022年)

量子コンピュータ(Quantum Computer)は次世代のコンピュータとして期待されています。従来型のコンピュータでは実現不可能だった莫大な計算も短時間で解けてしまうかもしれません。

本記事では未来のコンピュータとして注目されている、量子コンピュータについて解説し、市場規模や現在までの動向や開発実績、今後の課題や活用事例を説明していきます。

量子コンピュータの概略

量子コンピュータは、どのような点が従来のコンピュータとは違って、優れているのでしょうか?これまでの仕組みのコンピュータとは全く異なる新しい計算機です。

量子力学(Quantum Mechanics)を計算過程に活用することにより超高速処理を実現可能で、これまでには解くことが困難だった問題でも解くことが可能と期待された未来のコンピュータです。

量子力学の特性である「0」と「1」が同時に存在する「重ね合わせ」状態を人工的に作り出す「量子ビット(Quantum Bit)」を利用します。量子ビットは、理論的に0から1までの間を無限にとることが可能で、保持する膨大な情報量をうまく活用することによって、大規模な計算が実現可能です。

量子コンピュータと従来型(ノイマン型)コンピュータとの違い

これまでの仕組みのコンピュータは「ノイマン型コンピュータ」と言います。

従来型(ノイマン型)コンピュータは、「CPU+メモリ」が基本構成のプログラム内蔵方式であり、CPU、メモリ、それらをつないだ「バス」で構成されます。

従来型の情報量を表す「ビット」が、量子コンピュータでは「量子ビット」に置き換わった点が大きな違いです。

量子ビットについては後の項目で詳しく解説します。

従来型コンピュータで使われていたビットを表す「トランジスタ」の代わりとして、何らかの量子を用いて0と1の重ね合わせの状態を表して制御する必要があり、イオン、半導体、光などのさまざまな手法を用いた方式が提案がされています。

ショアのアルゴリズム、グローバーのアルゴリズム

量子コンピュータを制御するためには、従来型コンピュータで用いられていたアルゴリズムも変えていかなくてはなりません。

これまでに多くの量子コンピュータ向けのアルゴリズムが考案されています。

代表的なアルゴリズムには「ショアのアルゴリズム」があります。

米国のピーター・ショアが1994年に発見したアルゴリズムで、素因数分解を高速に解くためのものです。

現代のインターネットの暗号技術に素因数分解を用いている方式があるため、暗号技術を簡単に破ってしまうのではないかとされました。

その他にビジネスへの応用が期待されているものが、「グローバーのアルゴリズム」でデータ探索の計算量を削減できるとし、機械学習やシミュレーションなどへの応用も発展が見込まれています。

量子コンピュータの歴史・背景

量子コンピュータは長い間実現不可能な夢のコンピュータとされてきましたが、近年は状況が変わってきています。

〜2010年代前半

大学で基礎的研究が行われるレベルでしたが、大手IT企業が実用化に向けて研究や開発に乗り出したことで風向きが変わり、将来への期待が一気に高まりました。

2015年

大手のIT企業が量子コンピュータの世界へ参入し、注目を集めるようになったからです。きっかけとなったのは大手IT企業のGoogleが2015年12月に発表した量子コンピュータに関する検証論文でした。

2019年

Googleが独自開発した量子コンピュータが、従来型のコンピュータでは解くことが困難とされていた問題を解く「量子スプレマシー」を達成したと公表しました。

2020年

「ハイプサイクルのピーク(過度に期待が集まる状態)」に達しました。

量子コンピュータを理解するためのキーワード

量子ビット

量子ビットは「0」と「1」の重ね合わせの中間状態を表します。

量子ビットがn個あったとき、「000…0」から「111…1」までの2のn乗(2n)パターンを作れ、同時に全パターンの計算が可能です。この同時に行った計算から、正しい答えのパターンのみを浮かび上がらせるように計算方法を工夫すれば高速化が可能となる場合があります。

量子ビットは多ければ多いほど性能はよくなっていき、量子ビットの数が技術の進化を計る指標となります。さまざまな種類のミクロな物体が量子ビットになることができます。

量子ビットの方式は多種多様であり、どれが有力候補となり得るかはまだ分からない状況です。候補には「超伝導回路方式」、「イオントラップ方式」、「光子方式」などがあります。

誤り訂正(エラー耐性)

量子ビットの数が多くなり、行いたい変換がより複雑になっていってしまうと、ノイズの影響が大きくなってしまいます。

量子はとてもデリケートであるがゆえに、計算途中の誤りを訂正する能力である「誤り(エラー)耐性」を持つことが必要となってきます。

誤り訂正は量子ビットにあえて余裕を持たせることでエラーを訂正する仕組みです。誤り訂正が実行可能な量子コンピュータを「FTQC(誤り耐性量子コンピュータ)」と呼び、FTQCを前提としたアルゴリズムが用いられます。

量子ゲート方式と量子アニーリング方式

量子コンピュータは、 「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」に大きく分けることができます。

量子ゲート方式は、化学計算や金融工学、暗号解読などさまざまな分野で応用が期待されています。量子ゲート方式は汎用型量子コンピュータとも呼ばれ、量子ビットを用いて量子の性質を利用したアルゴリズムで高速な処理ができます。

量子ゲート方式と呼び名が付いているのは、量子ビットをつなげた演算機能を有する回路で構成するためです。計算式はユニタリー行列で記述され、理論的に可逆計算も可能なため、従来型コンピュータの上位互換にも位置付けられています。

一方の量子アニーリング方式は、特に組み合わせ最適化問題を高速で解くことに重点を置いた方式です。

最適化問題の一つに、巡回セールスマン問題があります。営業担当のセールスマンが決められた複数の都市を巡回する際に、すべての都市を巡回し元の場所に戻ってくるまでの最短ルートを求める問題です。膨大な選択肢から最適な選択肢を選び出すことができる量子アニーリング方式で実用化がもうすぐの段階まできています。運送業の荷物の配達ルートの最適化や、製造業での工場内の人員配置のプロセスの最適化などに活用可能です。

市場規模、動向

量子コンピュータへの期待は高まっており、ニュースやウェブ記事で私たちが目にする機会も増えました。創薬、新素材の開発、AI(人工知能)、次世代通信の利用などの幅広い分野で産業競争力の向上に役立つと期待されています。

しかし、現状は普及しているとはいえず、まだまだ研究途上の段階です。

量子コンピュータが実用化されるのは、早くても2020年代の終わりに近い時期、さらに遅くなり2030年以降にずれ込む可能性も高くなるでしょう。

実用化はまだまだ先のことであったとしても、量子コンピュータを使いこなすため、また十分な性能を引き出すためにはかなりの準備を必要とするため、早いうちから準備を進めておくことが求められます。

政府の対応動向

2020年1月に日本政府は量子技術イノベーション戦略を決定し、量子技術を日本が飛躍的に発展するための革新技術として位置付けて、国を挙げて取り組む方針を定めました。

2021年2月には、これに基づいて、「量子技術イノベーション拠点」と名付けた、一群の研究開発拠点を発足させました。理化学研究所に設けた中核組織のもとで、8つの拠点のそれぞれに特定分野を割り振って、大学や企業間での連携体制を構築していく計画です。

2022年4月に日本政府は、量子技術に関する新たな戦略案を公表しました。

政府の有識者会議が新戦略として「量子未来社会ビジョン」の最終報告書案をまとめました。今回の戦略では実社会での量子技術の利用を広げることに重点を置きました。

初の国産の量子コンピュータの整備を2022年度中に実施することを目標としています。

参考:量子未来社会ビジョン(案) 概要

参考量子未来社会ビジョン

参考:量子技術イノベーション戦略

2022年6月には、岸田総理大臣の内閣での看板政策である「新しい資本主義」実行計画や経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)として、量子技術や人工知能などの先端技術の研究開発を加速させるとして、国が資金面や情報面で支援すると発表しました。

国産の量子コンピュータの活用で、企業による量子技術の利用を増やし、欧米諸国や中国との世界的な技術競争に備えます。普及のためには民間投資の呼び込みが急務となるからです。

具体的な戦略案として

  • 2022年度に国産量子コンピュータの初号機を整備
  • 2030年までに量子技術の利用者を1,000万人にまで増やす
  • 大学に開発支援の拠点を増設
  • 量子分野でユニコーン企業の創出や、ベンチャー企業の参入を活性化させる
  • 政府系ファンドを活用し、起業環境の整備
  • 量子技術を将来の国家間の覇権争いの中核となる重要技術と位置付ける

参考:総合科学技術・イノベーション会議(第61回)議事次第

が挙げられます。

開発実績

量子コンピュータの商用化は、カナダにあるスタートアップのD-Waveシステムズが量子アニーリングマシンを世界初の商用量子コンピュータとして発表しました。

日本国内でもD-Waveマシンを使った研究が盛んに行われています。

一方の量子ゲート方式は商用化では遅れを取ったものの大きく進展してきています。

量子ゲート方式の商用化は、IBMが2016年に5量子ビットのマシンを公開したものが最初です。日本でのゲート型商用量子コンピュータは、2021年7月に初めて実機が稼働しました。

2021年10月にはD-Waveも量子ゲート方式の量子コンピュータを開発すると宣言しています。これまでは米国のIT大手のGoogleやIBMなどが主導してきましたが、新興企業や中国企業が台頭してきています。

2016年にIBMがクラウドで公開した量子コンピュータは5量子ビットでしたが、2021年には127量子ビットのプロセッサーを公開しました。

コンピュータ開発の目標として、2025年までに4,000量子ビットほどのシステムを実現するという計画を立てています。一方のGoogleは、2029年に100万量子ビットを目指すとしています。

今後の課題

量子コンピュータが導入されたなどのニュースを聞く機会が増えてきたかもしれません。しかしながら量子コンピュータの理想を求めている研究者が実現しようとしている本来の姿からは現状では大きくかけ離れていると言わざるを得ません。

また、量子コンピュータと従来型コンピュータの正当な比較が容易ではない点も課題です。先にあげたGoogleが2019年に発表した量子スプレマシーは、スパコンでは1万年かかる問題を3分で解いたというものでしたが、このときに用いたのは乱数を生成する特殊な問題であり、すぐにビジネスや産業に応用できるということではありません。

量子ビットは外部からのノイズや量子ビット同士の干渉によって悪影響があり、量子状態がすぐに壊れてしまうため長時間の維持が困難です。量子ビットの大規模化にも大きな課題があります。

量子ゲートの制御には外部装置から制御信号を逐次与える必要があり、従来型コンピュータよりも多くの時間を要します。

先述した量子ビットを作り出す方式にもそれぞれ課題があります。超伝導回路方式は、極低温で電気抵抗をゼロにする必要がありますが、大型の冷凍機が必要となるネックがあります。またエラーも大きいため、これをどう克服するかが課題となっています。

量子コンピュータのDX化導入事例、活用事例

量子コンピュータを活用し、今後のDX化を進めていく動きが活況を呈しています。実際の導入・活用事例や、今後の展開を見ていきましょう。量子コンピュータを活用したDX化社会については過去の記事もご参照ください。

コーセー

化粧品大手のコーセーは、量子コンピュータを用いた化粧品開発に乗り出しています。背景には、化粧品業界での流行の変化が速まり、時間をかけブランドを育てていく従来の手法が通じにくくなっていることがあります。

そこで、量子コンピュータを活用した化粧品の開発に乗り出しました。

スタートアップに協業を募り、ソフトウェア開発を手掛ける「ブルーキャット」と提携しました。カナダのD-waveの量子クラウドコンピュータを活用しています。

研究者の経験と勘を頼りに生み出してきた化粧品は、さっぱりやしっとりなどの心地よさを表す使用感の「官能」が大切になります。

官能表現で数十種類になり、さらに安全性や薬事規制など検討すべきステータスが膨大となるため、短時間で最適解を導くためには量子コンピュータの計算速度が必要となってきました。

そこで、感性を計算できるようデータ化することを進めています。

センサーなどを用いて、しっとり感はプラス3、さっぱり感はマイナス1というように原料の特性を数値化します。原料をどのように組み合わせたら、どのような官能が生まれたかを創業以来の10万を超える処方をデータ化して進めていくということです。

狙った特性を量子コンピュータによって瞬時に導き出せるようにすることを目指します。

効率化の先には新たな官能の発見も期待されています。量子コンピュータを用いて生活のニーズに合致する新しい官能の発見を目指し、未知の製品領域を明らかにして、これまで人間が思いつかなかった新たな化粧品設計への可能性を目指していくということです。

三菱ケミカル、三井化学など

現在、AI(人工知能)を活用して効率的に新材料を開発する「マテリアルズ・インフォティクス(MI)」が注目を集めています。量子コンピュータで化学計算が高速になれば、MIの発展も加速すると見られており、多くの化学メーカーなどが量子コンピュータの活用に積極的に動いています。

素材開発の分野で量子コンピュータを活用した取り組みが実用段階に入っています。熟練の研究者の経験だけに頼らずに開発が可能で、カーボンニュートラルの実現にも役立ちます。

三菱ケミカルは、慶應義塾大学にあるIBMの量子コンピュータを使って、有機ELの材料の状態を模擬的に再現しました。現在の量子コンピュータは、素子の安定性に課題があるため、計算に誤差が生じやすいので、素子の安定性を監視し誤った計算をしそうである素子を除く手法を開発しました。

これにより実験値に近い値を導くことができました。

三井化学は量子アニーリング技術を用いて、最適な組み合わせを効率よく探索できるメリットをMIに応用しています。スタートアップのシグマアイと提携し、少ないデータからでも新材料となり得る有望な候補を探し出し、試作と評価の作業を短縮化する狙いがあります。

金融分野における量子コンピュータ

量子コンピュータの活用に、特に積極的に動いているのは金融業界です。

スペインの金融機関である、BBVA(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行)は、EU諸国や北米、アジアの各国でビジネス展開をしています。

金融業界では、2008年のリーマン・ショックに端を発した金融危機以降、金融リスクへの対策強化がより求められるようになりました。

そこで同行では、デリバティブの価格設定、信用リスクなどの会計処理で利用する「モンテカルロシミュレーション」に量子コンピュータの適用を検討しています。

モンテカルロシミュレーションは、金融の多くの分野で活用されていますが、現行手法だと数多くのパターンを実行する必要があるため処理時間を要するという課題があります。

BBVAでは、6つの研究テーマを設定して、テーマごとに活用するハードウェアを使い分けるとしています。

従来型のコンピュータや、量子アニーリング方式の「D-Wave」、量子ゲート方式の「IBM Q」などさまざまな方式のコンピュータを利用します。

組み合わせの最適化問題:グルーブノーツ

量子アニーリング方式のコンピュータを活用した組み合わせ問題の最適化を実践している事例です。

IT企業のグルーヴノーツはAIと量子コンピュータのクラウドサービス「MAGELLAN BLOCKS(マゼランブロックス)」を開発・提供しています。

ブロックを組み合わせるような直感的な操作で、ビッグデータ分析やAIモデルの構築、量子コンピュータによる最適化計算が行えます。量子コンピュータによる最適化計算は、膨大な選択肢から最適解を見つける量子アニーリング方式のコンピュータを用います。AIが予測した生産需要に応じて、コンピュータが工場の勤務シフトを決めるなどの取り組みも得意としています。

実例として、惣菜工場のシフト最適化プロジェクトに取り組んでいます。

惣菜工場では、多くの作業を行う必要があり工程に人手を要します。1フロアに数百人ほどの従業員が24時間交代制で作業しているため、惣菜のラインに作業者を割り当てるシフト作成は複雑になります。

スタッフのスキル要件や労働条件など多くの条件を考慮しながら、効率的かつ利益最大化のためのシフト作成には、膨大な選択肢の組み合わせから最適なものを選ぶ必要があります。スタッフの休日や生産計画などの情報も踏まえた上で自動で最適なシフトを作成することを可能としました。

まとめ

本記事では、量子コンピュータの活用事例を紹介しました。

量子コンピュータはまだ研究段階ではあるものの、インパクトの大きさや可能性の広がりから大きな期待が寄せられています。日本政府も他国に遅れを取らないよう積極的な支援策を打ち出しました。

今後技術の発展とともに量子コンピュータの商用化が進み、ビジネスでの活用も増えてくるでしょう。今はまだ普及していないからといって、準備の必要がない訳ではありません。

技術は急速に発展しており、政府の後押しも重なり、一気に普及する可能性もあるからです。その時にすぐにでもビジネスへの参入や活用が可能とするためには、普及した時に対応できるよう、今からでも体制を整えましょう。

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