演劇とかけ離れたデジタル
舞台演劇に関わるDXにはどのようなものがあるでしょうか。
デジタル技術を駆使して撮影や編集をする作品の増えた映画とは異なり、舞台演劇は生身の人間により、その場で作品が繰り広げられるエンターテイメントです。
そのため、1日として同じ公演はありません。少しずつ何らかの空気感の違いや日々変わるネタや複数のエンディングを用意する団体もいます。
また、作品の世界観も、多くは舞台美術スタッフの力により立て込まれた大道具の中で演技をします。上演が終了すれば跡形もなく片付けられてしまうため、上演期間しか見ることのできない稀少さもあります。
大きなホールで行われる公演ではなく、いわゆる「小劇場」と呼ばれる、固定客席数が500未満ほどの劇場では、映画館のようなデジタルチケットや、事前振り込みと発券がされたものであることは少なく、当日に劇場で金銭のやり取りをするなど、まだまだデジタル技術には弱いエンターテイメントです。
しかし、近年広がっている、新しいエンターテイメントスタイルの確立や、コロナ禍により「舞台芸術」の在り方が脅かされ、新しい戦略を模索する中で、DX化は大きく発展してきました。
チケットサイトについて
舞台演劇の世界で一番広く使われているDXといえば、チケットサイトの利用です。これらはコロナ前からも広く利用されており、舞台の規模などに合わせて媒体が選ばれます。
小劇場向けのサイトや、ライブやコンサートなどの大きな劇場に適したサイトなど、様々なものがあります。
小さな公演向けのチケットサイト
小劇場の公演でよく使われる「カルテットオンライン」と呼ばれるチケットサイトがあります。こちらは購入側の会員登録が不要であることや、出演者ごとの専用予約ページを簡単に作ることが出来ます。
デメリットとしては、他のチケットサイトに比べて少々不具合によるメンテナンス頻度が多いところや、決済機能が備わっていないため、実際に来場いただくまで、本当の意味でのチケット購入が約束されない不安があります。
また当日精算になるため、顧客全ての対応を、開演までの限られた時間で回さなければならないという手間がかかるため、収容人数の多い劇場の公演には向いてないという面も挙げられました。
顧客の判別が比較的容易である小規模の劇場、つまり、身内や金銭的変動の多い若い役者さん同士の観劇等において事前決済のない当日の金銭のやりとりは、日程変更やキャンセルなどの手続きが簡単で、トラブルが少なくなるという面で、愛用されているという理由もあるようです。
大きな公演向けのチケットサイト
次に、比較的大きなホールや劇場などで行われる公演で使用されるものには、チケットぴあ・ローチケ・e+(イープラス)などがあります。
これらのチケットサイトは購入者も会員登録が必要になり(登録自体は無料なことが多い)、その手間がかかりますが、会員登録がしてあれば、一度購入した公演に出演していた役者の情報を元に、お気に入りの出演者の最新出演情報などを瞬時にお知らせしてくれる機能もあります。
中には、特定の公演に対し、枚数限定での割引制度や、チケットプレゼントサービスなどを行っているサイトもあります。
大手チケットサイトは事前チケット発行が必須になることが多いため、制作側は、より瞬時に集客や収入を管理・把握できるというメリットがありますが、購入者側は事前支払いが必要なことと、発行手数料がかかってしまう、という面もあります。
主に規模の大きい劇場で行われる公演で、これらのチケットサイトが利用される理由は、不特定多数のファンの方などが非常に多いということが挙げられます。
運営サイトが入ることで、タレントさんや事務所、制作側への負担が軽くなる、というメリットも増え、大規模施設での公演にはこういったタイプのサイトを利用することが多くなると見受けられました。
従来、このタイプのチケットサイトは、一度発券をしてしまうとキャンセルがしにくいです。発券前だったらキャンセルが可能だが、発券後はキャンセルできない。など、急な予定や病気などでの対応が不十分な部分もあります。
しかし、近年のコロナ禍により、やむを得ない公演の中止や、お客様側からのキャンセルが激増してしまったため、行けなくなってしまった作品の電子チケットを、サイト上で別の必要な方に譲渡することができるシステムや、発券してしまったチケットの返金システムなども充実されるようになりました。
公演直前のスタッフ・キャスト勢は激務です。不特定多数の、直接的に連絡先を知らない顧客に対し、顧客自身がチケットのキャンセルや変更、振り込み、追加などがある程度できる仕組みは、舞台芸術の発展において、欠かせないものになっています。
2.5次元の出現
近年急速的にコンテンツが広まっている、アニメやゲーム原作の作品、いわゆる「2.5次元作品」というものがあります。2次元の作品を3次元の世界に表現するので、「2.5次元」というわけです。
これらの世界観には現実離れした世界観や、様々な場所での行動、音響や照明だけでは賄えない迫力のある技や魔法などが必要になるため、従来の芝居セットや照明機材では表現の幅に限界がありました。
そこで、各セクションのDX化を図ることにより、これらを表現することを可能にさせたのです。
例えば照明の場合、今までは、組み立てたプランでタイミングを見てそのシーンにあった光をつけ、ピッタリの光量や色・効果を、手作業で合わせて装置を動かさなければなりませんでしたが、最近ではそれらのプランを全てパソコン上のシステムに組み込み、ボタンひとつでシーンに合った光を点けることが可能になりました。
音響も同じようにパソコン上にプランデータを組み込むことで適切な音量や特殊効果などが瞬時に使用できるようになり、操作ミスが格段に減り、毎公演確実な演出効果を提供できるようになっています。
入り乱れる殺陣シーンや、緊迫した魔法バトル、音や光を巧みに使用して試合を彷彿とさせるスポーツ漫画の舞台などではタイミングが命です。この技術の導入・発展が非常に作品自体のクオリティを格上げすることとなりました。
プロジェクションマッピング
そしてもうひとつ大きく舞台の世界観を広げたものがあります。それは「プロジェクションマッピング」です。
多くはイベントやテーマパークのショー演出などで使用されており、CGをプロジェクタなどの映写機を用いて立体物に映像を投影することで、目の前の壁やものが実際に歪んだり、色鮮やかに変化していくような錯覚を楽しめるものとして親しまれている技術です。
現在、多くの舞台は、必要なシーンや世界観に合わせた舞台セットを組んで上演しています。舞台上に何もない「素舞台」と呼ばれる空間や、箱だけ置いてあり、それを椅子や机に見立てて表現するなど、観客側も創造力を求められるような作品もあります。
しかし、鮮やかな色合いや、華やかなキャラクターの登場する舞台には質素な空間は少し似合いません。
舞台セットの他に、こういったプロジェクションマッピングに、光や音を合わせたシーンを随所に使用することで、より臨場感のある、原作と差異のない世界観を作り出すことも可能にしました。
また、プロジェクションマッピングを用いて世界観を演出することで、適切な技術者がいれば舞台セット自体にかかる費用が減らせ、かつ、表現したい場所も増やせ、様々なシーンの瞬時な展開が可能になる、というメリットもあります。
コロナ禍による配信の普及
こうして舞台演出としてのDX化は少しずつ取り入れられ、よりファンタジックな世界観の表現の仕方も広がっていきました。しかし、DX化「せざるを得なくなった」出来事もあります。
近年のコロナ禍の影響で、「舞台演劇」という、密閉された空間で比較的大きな声で目の前で繰り広げられる生のエンターテイメントの存在自体が大きく、大きく脅かされることとなったのです。
舞台演劇の中止を余儀なくされた中、デジタルの中でも「生」感の出る「ZOOM演劇」がまず登場しました。
会議などで広く使用されている、他地点で同時に会話のできるサービス「ZOOM」を使用した演劇です。
主にZOOMによってリモートで稽古がされ、完成したものを世に配信する。といったものが多いですが、共通のパスワードやIDを用いて、観客も参加型で作品を作ったりする団体も出てきました。
新しい芝居のスタイルだ、と注目されてきましたが、画質の問題や、映像のラグ・電波による停止など、様々な問題もあり、映画などと比べるとやはり代替案でしかない部分が目立ってしまいました。
舞台活動が復活してしまえば、その波は落ち着いてしまい、まだまだ「生舞台×配信」の相性や、効果的な発信方法は模索されています。
舞台公演の配信
また、ZOOM演劇の他にも配信媒体には色々な方法が出てきます。
制限の緩和がされ、劇場が開き、舞台作品は少しずつ戻ってきました。
しかし、観客を入れて今まで通りの収益を得るのは、決められた収容人数だけでは到底難しく、リスクをかけて大勢で詰めかけてもらうわけには行かない。ということで、来場での観劇のほかに、公演の配信をする団体が急激に増えました。
配信の仕方は団体によって異なり、定点カメラで撮影・配信するところや、事前稽古で配置が決められた3、4つほどのカメラアングルから、お客様が見たいアングルを視聴中に変えられる媒体もあります。
中には、毎公演、カメラマンがワンカットで作品を撮影し、出演者のように一緒に動きながら、毎公演のフィードバックを役者とともに受けて作品を作り上げる。という団体もありました。
ひとつ画面を挟むだけで、演劇の世界はガラリと変わります。いかに「生」感を失わせずに、リモートでも舞台演劇を楽しんでもらえるか、という課題は、まだまだ模索が続いており、デジタル技術を用いた様々なチャレンジや工夫が日々執り行われています。
映画と演劇の境界線は?ー舞台演劇の今後の展望ー
映画とは撮影の中での最高の瞬間を集約し、作り手側の見てもらいたい部分にフォーカスした、保存に適したエンターテイメントであり、舞台演劇は毎回違った空気感や、声色の温度、感情の動きを劇場内でリアルに体感ができ、観客が自身で視点を変えることもできる鮮度や自由度が高いエンターテイメントです。
前述の記事でも書いた通り、コロナ禍により配信公演をする団体は増えてきましたが、最高の瞬間が集約され、高画質のカメラや編集でシーンの世界観が完璧に表現された映画と比べると、やはり、「映像を使用した作品」の精度としては弱いように思います。
今後、舞台演劇に関しても配信が増え、共存に近い形になるのであれば、ある程度のカメラ性能・技術、照明や音響との連携が必要になってきます。
劇場内にいる観客だけではなく、画面の向こう側にいるお客様にも届くようなプランを作らなければならない、という新しい視点が増えてきます。
新しいスタイルの確立や発展、これまでとはガラリと変わった舞台演劇の世界において必要なことは、「生」で届けるエンターテイメントの希少価値をより上げるということではないでしょうか。
「限られた人しか観にこないエンターテイメント」ではなく、制限のかけられた世界では「限られた人しか観ることができないエンターテイメント」に昇華することで、劇場に足を運んでくださる方と、配信チケットで観劇する方との良い意味での差別化を図りつつ、従来の芝居スタイルを続けられるのではないかと考えます。
こういった舞台演劇の世界の中で今後DXがどういった関わりを持っていくのか、注目していきたいと思います。